« 卵の』凝固温度 | トップページ | 上モ新聞その2 »

2015年2月15日 (日)

上モ新聞

「お前はまだグンマを知らない」という漫画をご存知だろうか…

インターネット上ではかなり面白がって評判になってる、らしい。

2015_02150006_r店長がその漫画の読者で、

3巻を買ったら、こんな(←)オマケがついてきた、と

店に持ってきてくれた。

ちなみに、上毛新聞ではない。上モ新聞。

内容は冗談とウィットと皮肉(?)満載の笑える内容、、、と思うが、お気に障る点もあると思う。

まあ、漫画と思って、読んでいただければと思う。

店長が以下にタイピングしてくれたので、原文のまま載せます。

 

A面

吉田松陰が亡くなった翌日

グンマ県、生まれる。

 

幕末から明治にかけて活躍した重要人物を多数輩出した事で知られる、長州藩松本村(現・ヤマグチ県萩市)の松下村塾(しょうかそんじゅく)。

その主宰者である吉田松陰(よしだ しょういん)が亡くなったのは安政6年(1859年)10月27日である。

 

ここに来てお気付きの方もおられるであろう。我がグンマ県固有の祝日である「グンマ県民の日」は10月28日。これは明治4年(1871年)の10月28日に周辺8県が統合され、この地上に「グンマ県」が誕生したことにちなんでいる。

 

干支一周ほどの年差はあるが、吉田松陰が亡くなった翌日、グンマ県は生まれたことになる。

 

古くから嬬恋で農家を営む木矢部鶴代さんはこう語る。「田中のじいさんから聞いた話では、明治4年10月27日の夜は尋常じゃない数の流星群が見えたと。その数日前から村々で空から怒り狂った男が腹に飛び込んでくる夢を見たと数人の妊婦が証言していたこともあり『これは何かとてつもないものが生まれる前触れに違いない』と噂し合っていたということです」

 

楫取素彦という男がいる。彼はグンマ県(第二次グンマ県)初代県令として、近代グンマの土台を築いた。楫取なくして今日のグンマの、ひいては日本の繁栄はあり得ない。

 

彼は、松陰から松下村塾の主宰者を引き継ぐほど信頼されていた人物であり、病める時も健やかなる時も松陰と志を一にし激動の幕末を駆け抜けた男だった。

松陰は志半ばに斬首刑に処せられた時、何を思ったのだろうか。彼が亡くなった小伝馬の獄において、処刑される人間が頭を垂れる方向の先には荒川が。そしてその先にはグンマ県がある。処刑の寸前、グンマの方角を見据えながら彼は決意したのであろう。「グンマに僕の魂の双子である楫取素彦を送り込もう。僕は楫取の体を借り、グンマの地にて再臨するのだ」

 

そして10月27日、松陰は死に、10月28日、グンマ県が誕生する。そこに松陰が憑依する楫取が降り立ち、近代グンマを造成したのだ。

 

高山彦九郎=松陰?

江戸時代後期の尊王思想家である高山彦九郎(たかやま ひこくろう)は、GHQの陰謀により上毛かるたに入れることが出来なかったグンマの偉人である。彼は吉田松陰が生まれる40年前に亡くなっているが、その戒名は松陰以白居士。何とも不思議な符合である。

« 卵の』凝固温度 | トップページ | 上モ新聞その2 »

アニメ・コミック」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 上モ新聞:

« 卵の』凝固温度 | トップページ | 上モ新聞その2 »